毒吐くの場です。愚か者の独り言…。


by forbidden__fruit

脳死臓器移植を待つということ

日本では現在15歳未満の脳死者からの臓器移植が事実上不可能な状態にある。そのため、小児が移植手術を受けるには、海外に渡航し提供を待つということが一般的であることは誰もが知るところだろう。海外での移植には莫大な費用が掛かり、経済的困難を伴うのが実情だ。
先日も、Jリーグの試合会場での募金活動などで移植費用が集まり、海外に渡る乳児のニュースが報道されたことは記憶に新しい。




子どもを助けたい、生きる可能性があるのなら、何とかしてあげたいと思うのは人の気持ちとして当然のことだ。ま、中には大した理由もなく子どもを殺したり、虐待したりする人間もいるが…。これは人間の恐ろしいところだな。優しい人、いい人だと思っていたら、実はとんでもない鬼畜のような人間だったってことも、ないとは言えない。

臓器の提供者が現れるのを待つっていうのは、それと同じではないが、微妙な気持ちになるんじゃないかと俺は思うんだ。アンビバレンスだな。

自分の子どもが助かってほしい。臓器の提供があってほしい。そう願うのは至極当たり前の感情だ。でも、その裏には別の死を待っているという(もちろんそんな気持ちで待ってはいないだろうが)側面があるということになる。つまり、誰かが脳死状態の死を迎えなければ提供されることはないということなのだから…。

脳死による移植ではなかったが、漫画のブラックジャックでそういう話があったのを思い出す。子どもが進行性の病に蝕まれ、ブラックジャックに診断を仰いだ夫婦にブラックジャックが『道は脳を移植するしかない』と言う。もう、この時点でマンガだが、『死体待ちだ』というブラックジャックの言葉を聞いた夫が、焦って子どもと似た背格好の子どもを殺そうとするという話だ。

もっと、供給過多と言えるほど、提供される臓器があれば話は違うかもしれないが、こればかりはタイミングの問題もある。日々、弱っていく子どもを目の前に提供者を待っていると、そんな感情になってしまうこともあるのかもしれないと思った。

中国では、臓器提供者の大多数が死刑囚というニュースがあったが、臓器売買の問題は世界的(決してアジア・アフリカ・中南米だけではない)に深刻だ。これは臓器移植を待つ人の多さと貧困という要因が重なることによって生じる必然とすら言える。闇は深い…。

多くの命が救われてほしいという気持ちは俺にもあるが、その影で貧困のために自らの、または家族の臓器をブローカーに売っている人々もいる。しかも、基本的には人道に外れた違法な行為だから、まともな医療機関で手術が行われていない場合もあるだろうし、臓器はブローカーにとっては大事な“商品”だから、摘出手術とその後の扱いも細心の注意を持って行うだろうが、問題は摘出された側の人の方だ。貧しい彼らの術後処置が適切かつ充分に行われているとは思えない。そのために結果として命を落とす人も少なくないだろう。

そんなことを考えると単純に臓器移植がもっと盛んになればいいなどとは俺には言えない。

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by forbidden__fruit | 2005-12-10 01:42 | 独り言